WTOでの決着 2
80年代後半から、そういう合意が国際的にも形成されていきました。
ウルグアイ・ラウンドで金融、運輸などと一緒に、電気通信サービスが初めて貿易交渉のテーブルに乗せられたのは、こうした背景があったからです。
日本では、ウルグアイ・ラウンドというと、コメの自由化交渉にだけ焦点が当たっている傾向がありますが・・・
インターネットFAXなどのサービス面における自由化交渉は、国民の生活に直接的な影響が及ぶ重要な交渉でした。
ウルグアイ・ラウンドは94年に終結しましたが、電気通信交渉は終結後も継続していました。
電気通信分野の自由化を最も積極的に主張したのは米国で、初め米国は・・・
「国内、国際の長距離市場で事業者の参入制限はしない、無制限の外国投資を認め、既存事業者との無差別かつコストベースでの接続を認める、規制機関は規制手続きを透明化すること」
・・・などを要求しました。
こうした規制緩和に応じる国には米国の市場を開放するものの、応じない国には市場開放しない相互主義で対応することを表明しました。
これに対して日本は、米国の相互主義的対応に反対しながらも、多国間で新たなルールを作ることを主張、自らはNTT、KDDを除く外資規制撤廃を表明しました。